大磯町のイメージ画像

(中編)

海辺の敷地、別邸跡には低層階のマンションが……。
町役場から西(二宮方向)に進むが、交通量の多い国道1号線ではなく、海よりのひっそりとした小径を行くことにする。
町役場の庁舎部分、そのちょうど西隣にある低層階の建物が、マンションの「レゾン・デ・パン大磯」である。

レゾン・デ・パン大磯
入口にある樹木は山桜あるいは大島桜。いずれにしろ野生種で春に白い花をつける。個人的には、品種改良されたソメイヨシノでないところが気にいっている。

第一種低層居住専用地域にあるため高さが低く、全体的に地味である。大げさに言うなら、どこにあるのかわからない、という感じだ。
ということは、素人目に見ても周囲の景観によく溶け込んでいることになる。でも、よくよく見てみるとエントランス付近やそれに連なる外観部はどっしりとした石積みが施され、重厚感もある。小ぢんまりとして、私好みの建物である。
もともとこの一帯はずっと西側まで尾張徳川邸の敷地だったが、明治中期になると村田銃の発明者・村田経芳(つねよし)が、この辺りに邸を構えている。
村田経芳って人物、あなたはご存じだろうか? 私もまったく知らなかった。そこで調べてみると、国産銃器の開発に関して先駆的な役割を果たした人物であった。もともと薩摩藩士で、藩内随一の射撃の名手。明治4年には陸軍歩兵大尉、1875(明治8)年にはヨーロッパに派遣され、射撃技術や兵器の研究をし、帰国後の1880(明治13)年には十三年式村田銃という国産初の小銃を開発した。日本軍がそれを採用、歩兵銃に菊の御紋が刻印されたのもこの銃が始まりだった、ということだ。
彼がこの地に住んだのは明治中期、その後は日産コンツェルン、日立製作所などを築いた久原房之助(くはらふさのすけ)が買収。2001年(平成13)年には、現在のマンション「レゾン・デ・パン大磯」になっている。

昔からの緑を守っているマンション「レゾン・デ・パン大磯」

レゾン・デ・パン大磯 中庭
48世帯が住んでいる。その3分の1は、リゾートマンションとしてここを利用しているという。設計は大手の「松田平田設計

ところでこの「レゾン・デ・パン大磯」というマンションは、町と緑化協定を結んでいる。まあ、なんというか、町とそこに住む入居者が協力して、緑を守っていきましょう……というような取り決めである。
別邸時代より受け継がれてきた樹木を守るために、コの字型の建物の中央に中庭が設けられ、年代物の松や大樹が今も大切に保存されている。もちろん保存というからには、単に樹木を残しただけはない。現在も大切に維持管理されているということである。
ちなみに、このマンションでは松の木基金が設けられ、植栽管理費なるものが集められている。さらに緑化委員会なるものもある。この緑化委員会の下、集められた管理費などが松食い虫の駆除や剪定に回され、敷地内の樹木を管理しているのである。
これらのことは、たまたまお会いした入居者のご婦人にお聞きしたもので、その方、曰く「中庭だけでなく、南側にも松の木がたくさんあるので、樹木の管理費もけっこうかかります」とのこと。でも大磯に住むことを選んだ以上、「皆さん、そのあたりは協力的ですよ」とも…。ご婦人も言っていたが、大磯の良さは、古くからの松や樹木が醸し出すその情感であり、新しくそこの住民になることは、それらを受け継いでいく担い手になることを意味している。ここに住む皆さんは、そのことをよく理解しているんだと思った。

別邸時代の大磯を語る情緒ある小径

往時をしのぶ翠渓荘付近の小径
マンション「レゾン・デ・パン」の隣は、「翠渓荘」である。中はよく見えないが、雰囲気からして、なにやら由緒ありそうな佇まいである。偶然、ここを目にする人は、「ここって何?」と思うような場所だ。
この「翠渓荘」、現在は某大手工作機械メーカーが所有する接待用の料亭であるが、以前は林董(はやしただす)の別邸があった。
林董とは、以前何度か紹介した松本順の弟である。松本順は大磯に日本初の海水浴場を開き、大磯を一躍有名にした、いわば町の大恩人。その弟が林董だ。
林は明治期の外交官・政治家で、日英同盟の立役者として知られている。その彼が若干22歳の時、二等書記官として岩倉使節団に随行しイギリスのブライトン臨海保養所やロスのロングビーチの保養地を見てきた。そのときの情報が、兄・松本順の海水浴場開設を推進したと思われる。
翠渓荘 馬頭観音らしきものも 国道1号線、翠渓荘への入口
   
翠渓荘付近の小径    
林董の「翠渓荘」から小径が突き当たる大磯中学校脇の道路までは、昔の別荘地・大磯の面影を今も色濃く残している。100メートル余りの距離ではあるが、風雪に耐えた松の木や日差しをさえぎる屋敷林がしずしずと陰を落とし、松籟が径(みち)行く人を包むような情緒にあふれている。大磯に遊びに来たなら、ぜひ歩いてみたい道だ

海沿いには太平洋岸自転車道が…
「翠渓荘」の隣は、東京電力大磯クラブ(保養所)である。ここで、この風情ある小径も終わる。目の前は道路、その向こうには大磯中学校のグランドが見える。右手は?と思えば……な、な、なんと無骨なフェンスで覆われているではないか。ここもマンション建築のための敷地になっている。敷地は国道1号線に面しており、少し前までファミレスになっていた場所である。
H22年9月5日現在、まだ更地のままだが、掲示された説明板によると、工事着手予定は今年の9月、工事完了予定は来年の8月である。ここには地上5階建てのマンションが建つという。
東京電力大磯クラブ脇の小径(海側より)
このあたりは低層階しか建てられない第一種低層居住専用地域かと思っていたが、それにしては5階建てというのは高すぎる。町の都市計画課に尋ねてみると、国道1号線から南側30メートルまでは近隣商業地域なので、高さも15メートルまでOKだとのこと。もう少し海側なら高さもぐっと制限されるが、ここはその範囲外だ。
どんなマンションが建つのか気になる。
できるなら完成予想図も見てみたい。
記されていた連絡先に電話をしてみたが、現段階では完成予想図というような具体的なものはできていないと言う。それが出来るのは販売を開始する頃だということだ。残念!
西湘バイパスのすぐ脇を走る太平洋岸自転車道
西は不動川の下流から始まり、東は花水川手前で金目川サイクリングコースへと続く。
東京電力大磯クラブ
保養所として使われている

400年の歴史をもつ国道1号線の松並木
400年の歴史を持つ国道1号線の松並木
大磯中学校前から滄浪閣跡まで約250メートル続く
国道1号線に出たので、そのまま西(二宮方向)へ進む。目の前は大磯中学校であるが、そこからは、あの有名な松並木が250メートルほど続いている。
この松並木は、1600(慶長5)年、関が原の合戦に勝利をおさめた徳川家康が東海道に宿駅の制度を設け、整備したことに始まる。1604(慶長9)年には36町を1里(約3.9km)として一里塚をつくり、街道筋にはマツやエノキなどを植えている。つまり約400年の歴史を持つ松並木ということである。
お正月の恒例にもなっている大学駅伝では、この松並木を疾走するランナーが必ずといって映し出される。1号線では最も大磯らしさを感じられる場所だ。
松並木が始まるこの辺りもまた、元は高名な人の別荘地だった。今、中学校のグランドになっている場所には、明治の元勲・山県有朋が別邸「小淘庵(おゆるぎあん)」が。そのそばには外務大臣・陸奥宗光の別邸があった。
中学校を過ぎると、石壁が長々と続く屋敷がある。現在は古河電工の大磯荘となっているが、もともとその名前の通り、古川財閥の古河市兵衛が別邸を構えていた。観光案内所で手に入れたマップを見てみると、大隈重信の別邸もこのあたりだ。
夏でも日差しをさえぎってくれる松並木の歩道 松並木にて 松並木づたいに続く古河電工大磯荘の石塀。夏はツタが茂る。
大磯の海岸ではウミガメが産卵
古河電工大磯荘を過ぎると、大きなマンションが見えてくる。これが総戸数137戸の「大磯プレイス」だ。鍋島藩の屋敷跡で、旧佐賀藩主・鍋島直弘が邸を構えていた跡地に建てられた。ちなみに設計は、あの著名な建築家・宮脇 檀(みやわきまゆみ)、完成は2000(平成12)年というから宮脇は完成を見ることなくこの世を去ったことになる。
言われてみると、この大磯プレイスも1号線に面した棟は5階建てだ。敷地が広いので海の方までずっと棟が続いている。
古河電工大磯荘と大磯プレイスの間の海へ向かう小路

と、ここで古河電工大磯荘と大磯プレイスの間の小路を発見、進んでみると古河電工のお庭のような物が見える。大隈重信関係の建物かも知れない。とにかく、そこを見ながら進むと西湘バイパスをくぐり、海に出た。
ここが「こゆるぎの浜」である。
皆さん、ご存じだろうか? 大磯の浜辺でウミガメが産卵していることを……。私もこのホームページを立ち上げるまで、ウミガメなんて四国とか南の島の話だと思っていた。だが違った。
毎年来るわけでもないが、去年も産卵し、今年も産卵している。上がってきても産卵せずに戻ってしまう場合もあるという。
海岸は1996(平成8)年から自動車の乗り入れが以前から禁止されており、釣り人や家族連れの憩いの場として親しまれている。そんな場所はウミガメにも親しまれるのであろうか。
西湘バイパスの灯りや騒音を尻目に、今年もウミガメがやってきた。
ウミガメが産卵する大磯の浜、こゆるぎの浜……。
波打ち際にたたずんで「来年も来いよー!」と叫びたくなった。 次へ
小路から古河電工大磯荘の庭を覗いてみる。
海沿いの別荘群は古都保存財団が選定した『美しい日本の歴史的風土100選』にも選ばれている。
こゆるぎの浜 大磯の浜に産卵され、孵化したばかりのアカウミガメの赤ちゃん (大磯町郷土資料館所蔵)

取材協力 大磯ガイドボランティア協会
大磯町観光協会
大磯町役場観光推進室・都市計画課
参考資料 「おおいその歴史」大磯町発行
「大磯町史」大磯町発行
「大磯町史研究」大磯町発行
「大磯俳句読本」大磯町観光協会発行
「大磯まち歩きマップ――駅周辺」大磯ガイドボランティア協会発行
大磯町役場観光推進室運営管理HP Isotabi.com(イソタビドットコム)
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