大磯町のイメージ画像

線路の北側、鎌倉古道を中心に代官山の麓あたりまでを散策してみます(後編)

白洲正子も新婚時代を過ごした大磯
一本松稲荷から再び、マンション「エクレール大磯」南側の小径に戻り、西へ進む。
なにやら風情あるお屋敷が何軒か続いた後、小径は突き当たり道幅を広げながら右へ折れ曲がって北へ進む。
この折れ曲がったあたりには、かつて樺山資紀(すけのり)の別邸があった。
樺山資紀と聞いても「誰っ?」て思う人も多いだろう。薩摩藩出身で文部大臣、海軍大将などを務めた明治の人である。白洲正子の祖父と言ったら、おわかりになる方も多いだろう。
正子が白洲次郎と結婚した当初は、ここで過ごしたという。
ここに住む以前、すでに明治23年頃には、樺山資紀は鴫立庵のすぐ近く、今のライオンズマンションのあたりに別邸を構えていた。大きな松が2本あったので二本松庵と名付けたという。
ちなみに国道1号線にある照ヶ崎海水浴場入口の碑も彼の揮毫である。

白洲正子の祖父である樺山資紀揮毫による照ヶ崎海岸入口の碑(横から見たところ)。 大正4年5月に国道1号線脇に建てられた。
マンション「エクレール大磯」南側の小径、野鳥の声なども聞こえるのどかな小径だ。    
8人もの歴代総理大臣が別邸を構えた町

現在、樺山資紀邸跡の一画に住んでいたのが、写真家の濱谷浩である。1999年に亡くなられてしまったが、今も邸は残されている。
濱谷浩邸の前を進むと、ほぼ突き当たったような形になり、道は左に折れ曲がる。道なりに少し進むと、なにやら大きな塀が続いているがお宅がある。
ここが大正5年、第18代内閣総理大臣を務めた寺内正毅(まさたけ)邸である。塀が高いのと敷地内の樹木が多いため、建物はほとんど見えないが、現在もその血縁の方がお住まいになっているという。
首相別邸と言えば、前回の散策コース『照ヶ崎海岸入口から八坂神社まで……』で紹介したように、国道1号線の南側にもいくつもの邸宅があった。松並木のあたりは元勲通りなどと呼ばれていたほどである。
大磯に住んだ首相を数えてみると、伊藤博文、山形有朋、大隈重信、陸奥宗光、西園寺公望、それに前編で紹介した加藤高明、また明治29年には南下町には原敬が、さらに城山公園の南側には吉田茂邸があった。というわけで大磯には8人の首相が邸を構えていたのである。
東西7.6キロ、南北4キロのたらずの小さな町に歴代の首相が8人というのは驚きである。別邸最盛期の明治後期には、「大磯は東京の飛び地」とまで言われ、「大磯で閣議が開ける」と喧伝されたのである。
彼ら首相を含め政財界の大物が多数居を構えたことが現代の大磯の雰囲気を形づくっている。
たとえば国道1号線の松並木は東海道の両側に残っている。と言っても道路拡張の折り、上り車線を造ったことで、松並木の片側は道路の中央、センター分離帯に立つことになった。
言いかえるなら、江戸時代の東海道は下り車線ほどの広さしかなかったということだ。
このあたりの上り車線ができたのは昭和12〜13年頃だと思われている。日中戦争に突入する前後であり、物資輸送強化のための道路整備だったらしい。先ほども言ったが、上り車線ができたことにより道路の中央に立つことになった松並木は、道路整備を進める上には邪魔な存在でもある。
たぶん、そのような理由により当時、各地で松並木が伐採されたであろう。しかし、大磯のこのあたりでは残った。
なぜか? それはこのへんが元勲通りと呼ばれるほど、政界の大物が軒を並べていたからではないかと考えられる。彼らに配慮して松並木は残されたらしい。
そんなこんなで、大磯はいまだに往時の面影が残されている。

濱谷浩邸付近の道。立派な生垣が続く。 寺内正毅邸付近の道。このあたりもお屋敷が多い。 国道1号線の松並木、向かって右側、一段低くなっているのが上り車線。昭和12〜13年頃造られたと思われる。もちろん当時は未舗装。上り車線ができたことにより道路中央に松並木が残ることに……。

時代の流れだろうか。広いお屋敷もやがては分譲地やマンションに。
寺内邸を右に見ながら70メートルも進むと、突然大きな分譲地が目に入る。代官山の麓にできた、まだ区画整理を終えたばかりの分譲地だ。掲示されているポスターや説明板によると開発面積はおよそ3000平米、14区画の整地が行われ、そのいずれもが45坪以上である。駅より徒歩14分で2280万円〜だという。
以前は大きなお宅があった場所なのだが、諸事情により分譲地となったという。
ご近所の人の話では、土地のオーナーさんが、宅地となったこの分譲地の道沿いに家を建て直し、住むという。目の前の道が歴史ある鎌倉古道であるという点に加え、大磯の雰囲気を大事にしたいということで、それなりの建物や外構をあつらえるということだ。
大きな邸宅がなくなってしまうのは残念であるが、せめてその跡地には、大磯らしさを大切にした家を建てて欲しい。


代官山麓の分譲地。開発面積は約3000平米 分譲地のフェンスに貼られたポスター


町民の協力で開催する「フラワーフェスタ」
話は突然変わるが、毎年4月と5月の数日間、大磯町商工会の協力で「フラワーフェスタ」というイベントが開催されている。これは、お花や植物好きの個人がお手入れした庭を観賞してもらうためのイベントで、60軒余りのお宅がこの企画に参加しており、「オープンガーデン」とも言われている。
この企画に参加しているお宅が多い地域は、石神台や前々回に紹介した八坂神社近くの松陰、それにこの分譲地南側(西小磯769番地付近)などである。
私も今年の5月にここに来て、写真を撮らせてもらった。
お話をさせていただいたTさんのお宅は、大きな庭ではないが、家の周りにお花や樹木がきれいに植えられており、それが生け垣のような雰囲気をつくりだしている。
家を建てたとき、ブロック塀も考えたというが、それでは家にいる自分たちが閉じこめられてしまうような気がして、家の周りに樹木を植えたという。
「部屋の中から外を見ると、ちょっとした森の中にいるようですよ」と奥様がおっしゃっていたのが印象的だった。

オープンガーデンに協力しているお宅にはこんな可愛いサインボードが。 オープンガーデン:Y邸のお庭 オープンガーデン:K邸の庭先

オープンガーデン:T邸の玄関先

町も景観を守るために「いけがき」や「シンボルツリー」に助成金が……

大磯を歩いてみて感じるのは、小さな道ほど味があるということだ。とくに情緒ある竹垣や手入れされた生け垣が続く道は、歩いていても住民の息づかいが感じられるようで気持ちがいい。
別邸跡地が開発され失われていくのは寂しいが、生け垣や竹垣などのお宅は大磯らしさを残す、大きなポイントとなっている。
そういえば大磯町では、『いけがき奨励制度』や『シンボルツリー奨励制度』というのがある。
簡単に言ってしまうと『いけがき奨励制度』の方は、家の周りに5メートル以上の生け垣を作りたいと思った場合、1メートルにつき2000円、最大4万円までの補助金が支給される。
『シンボルツリー奨励制度』の方は「庭にちょっと大きな木でも植えたいな」と思ったら、この制度が利用できる可能性が大きい。樹木の高さが3メートル以上あり、植えるための費用が2万円を越える場合、その経費の3分の1が最大2万円まで支給される。
もし、その家が景観形成重点地区なら『いけがき』の方は、1メートルにつき2500円。『シンボルツリー』では支給対象が経費の2分の1までとなる。その他細かな条件はいくつかあるが、基本的にはこんなところだ。

いま、景観形成重点地区って言葉を使ったが、「照ヶ崎入口から八坂神社まで……(前編)」のところでも触れたように、景観形成重点地区とは「大磯らしい景観」を守るために、景観条例により建物の外観や屋根の色・形、外構などにさまざまな規制がかけられている地域である。大磯町は全町域で景観保全についての方向性が示されているが、とくにこの重点地域は「大磯らしい景観を積極的に推進していくぞ」という意気込みを示した場所だ。
現在紹介している小磯地区の山手や、駅周辺、以前紹介した海辺の別荘地帯、化粧坂の松並木付近、高麗山公園周辺、旧東海道中丸、六社神社周辺などがこの景観形成重点地区に指定されている。
町が景観条例をつくったり、このような重点地区を制定したのも急速に失われていく大磯らしさへの危機感だと思う。邸宅が取り壊され、その跡地が分譲地やマンションになってしまう。
町民にとっては見慣れた風景が一変すると同時に「ああ、あの建物も亡くなってしまった」という喪失感を伴うものだ。
開発という行為には常に破壊がつきまとう。ときには便利になることもあるが、歴史ある大磯という町のアイデンティティー失われていくようで、外者である私にとっても胸が痛い。
その土地が個人の所有である以上、建物を壊してしまおうが、宅地にしてしまうおうが、町としては口出しはできない。だからこそ町は都市計画や景観条例などで外堀を固め、なんとしても大磯らしさを守ろうと必死になっている。そうでもしないと、大磯の町はただの、どこにでもある顔のない地方の町になってしまう。

「良好な景観形成のためのガイドライン」と「景観法の概要」。ガイドラインの方は大磯町発行。景観法の概要は財団法人都市計画協会発行 「良好な景観形成のためのガイドライン」より 「良好な景観形成のためのガイドライン」より

線路近くには風情ある小路が続く
さて、話がずいぶん飛んでしまったが、このあたりで駅の方へ戻ることにする。そのまま西へ150メートルも進めば、歩射という祭礼が行われる「白岩神社」があるが、今回はそこまで行かず、オープンガーデンを行っているこの一画から南に進み、それから駅へ向かってみる。
小磯駐在所を左手に見ながら、穏やかな住宅地を250メートルそれを駅方向に進むと、「夢の地下道」入口がある。これは線路の下をくぐり国道1号線方面へ抜ける道で車両は通れないが、人や自転車は通行できる地下道だ。
この地下道横に東鉄工業の平塚出張所があり、その脇を線路に沿って小路が続いている。このあたりの人にとって、この路は自転車や徒歩で駅に向かうには最短のルートであり、地元民の利用も多い。
私も好きな道なのでここを進み、駅へ戻ることにする。
私も何回かこのルートを通ったが、夕方になってしまったこともある。振り返ると、線路の上が夕焼けに染まり、その中を湘南電車が走ってくる。
生け垣の小路から見るこんな風景に感傷的になってしまうのは私だけではないだろう……。 次へ

夢の地下道入口 夢の地下道入口より北側を望む 夢の地下道入口より東鉄工業脇を進む。
 
すぐ脇を線路が通るのどかな小路。駅までの最短なので地元民の利用も多い。 この路を歩いていると、ときおり右手に電車が見える。  
線路脇の小路に通じる路地。建仁寺垣と生垣に挟まれた風情ある小さな路も、道路整備(セットバック)のため年々減っている。

 

取材協力 大磯ガイドボランティア協会
大磯町観光協会
大磯町役場観光推進室・都市計画課
参考資料 「おおいその歴史」大磯町発行
「大磯町史」大磯町発行
「大磯町史研究」大磯町発行
「大磯俳句読本」大磯町観光協会発行
「大磯まち歩きマップ――駅周辺」大磯ガイドボランティア協会発行
大磯町役場観光推進室運営管理HP Isotabi.com(イソタビドットコム)
インターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア」
「ふるさと大磯」高橋光著 郷土資料研究会発行
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