大磯町のイメージ画像

大磯駅から旧東海道を通り高来神社まで (前編)

今回は大磯駅からいったん国道1号線を出た後に、旧東海道を歩き、日本画家・堀文子のアトリエ前にある町指定の天然記念物ホルトノキに立ち寄り、その後、高来神社まで散策してみる。
■駅前にも、ついにマンションが…。

大磯駅の改札を出てロータリー左手を見てみると、「Oiso Beach」と書かれた青いゲートが目に入る。その下にはイタリアンレストランの「ヴェントマリーノ」が……。初回にも登場したが、この建物は旧山口勝蔵邸であり、現存する日本最古のツーバイフォー工法で建てられている。このゲートの左側には、観光協会の案内所や交番があるが、その隣は木々が鬱蒼としており、道路沿いに石垣が続く。この鬱蒼とした場所は、少し前まで、株式会社フジソクの保養所になっていた。フジソクという会社をネットで調べてみると、川崎に本社を置く、小型スイッチなどを製造している会社であると思われる。
しかし現在は三菱商事が土地を手に入れ、5階建てのマンションを建設しようとしている。まだ着工していないので竹や木々がけっこう残っているが、工事が始まれば、いつ伐採されてもおかしくない。駅前の一等地であり、電車で初めて大磯に降り立った人が見回せば、必然的に視界に入ってしまう。大磯の第一印象を左右しかねない場所だ。
そんな場所にマンションを建設するのであるから、それなりの配慮が欲しい。単なる法的規制をクリアした建物でなく、「ああ、大磯らしいね」と言われるような建物にして欲しいものだ。
さて、この敷地には先ほど、(株)フジソクの保養所があったと記したが、その保養所には「孝徳荘」という名称が付けられていた。大正時代ここに別邸を構えた木村孝太郎は米問屋「木村徳兵衛商店」や証券所を営んでいた。別邸は和風の建物と洋館を合わせた洒落た建物だったが、現在はすでに取り壊されてしまっている。

青いウェルカムゲートの奥は旧山口勝蔵邸。写真左側、木々で緑になっている敷地にマンションが建設される。 かつて「孝徳荘」の門に掛けられていたプレート。
■道路拡張。やがては、この石垣も……

この「孝徳荘」があった場所から国道1号線に出るまで、しばらくの間、玉石の石垣が続いている。「孝徳荘」跡にマンションができた際には、道路拡張に伴い、この石垣が取り壊される予定だ。この坂を毎日のように歩いていた人にとっては寂しいことだが、道路拡張工事が始まるまでは、かなりの月日を要しそうなので当分の間、石垣は残るだろう。
駅前と1号線をつなぐこの坂道の道路は、わずか200数十メートルの長さである。短い割には県道である。県道大磯停車場線(県道610号)という立派な名称がついている。明治23年頃に開削工事が行われ、昭和14年に県道になっている。
当時としては十分な広さだったろうが、今となっては道幅が狭く、バスのすれ違いにも事欠く。それで道を広げることになったそうだ。

この玉石の石垣も、やがては道路拡張のためになくなる。慣れ親しんだ地元の人にとっては、ちょっと寂しい。

■肺病のための薬を開発「鮑研究所」
マンション敷地になっている「孝徳荘」跡を少し下ると、道路の反対側に、鮑の貝殻をいくつも帯のようにはめ込んだ塀がある。遠目で見ると白いラインの塗装が所々剥げ落ちているようにも思える。しかし、間近で見れば、それが鮑であることがすぐにわかる。
なぜ、こんな鮑の貝殻を埋め込んだ塀があるのか?
それは、大正時代ここに鮑(あわび)研究所があったからだ。現代のように、鮑を養殖して売ろうとしていたわけではない。難病といわれた肺病の薬を鮑から作るための施設だった。大正時代の初期、魚道学者の白根敏郎がここに研究所を創設、肺病薬「アワビコール」を発明し販売にこぎ着けた。鮑に含まれているどのような成分が肺病に効くのか、私にはわからないが、「アワビコール」とは鮑の肉を炭火で乾燥し、粉末にしてかから炭酸ゼアコール・フェラチンなどを入れて混ぜたものだったという。
当時の広告文には……

白根敏郎先生発明 肺薬 「アワビコール」

  特徴 1 医薬と併用して絶対に副作用なし。

     2 極めて美味である。

     3 消化力絶大なり。

     4 短期療養の特徴を有す。

     5 目に力を生ず。

     6 元気旺盛となる。

果たして、いかなるほどの効果であったのであろうか? 
入手した情報から見る限り、かなり手広くやっていたようだ。地元の天然物だけでは足りず、照ケ崎・高磯海岸に養殖場を作ったり、真鶴に委託養殖をしたりしている。また不漁の時は中国から乾燥した鮑を輸入したりすることも……。東京と名古屋、さらに台湾にも出張所があったらしいというから、肺結核の有効な治療法がなかった当時、相当な売れ行きだったに違いない。ちなみに結核の治療ができるようになったのは、1943(昭和18)年に抗生物質ストレプトマイシンが発見されてからである。

ガードレールと平行して並ぶ、白い丸っぽいものは鮑の貝殻。 近づいてよく見ると、確かに鮑が……。かつて、この塀の向こうに鮑研究所があった。その名残である。

■図書館の場所には、郡役所が……
鮑塀を過ぎて間なしに、道路反対側(左側)に町立図書館がある。この場所には明治から大正にかけて郡役場が置かれていた。1878(明治11)年、郡区町村編成法により淘綾(ゆるぎ)郡が編成された。今でいう大磯・二宮・平塚の一部が、その行政区画となる。その際、郡役所が置かれたのが大磯であった。1896(明治29)年3月には淘綾郡と大住(おおすみ)郡が合併し、中郡となる。大住郡とは今でいう秦野・伊勢原・平塚を合わせた地域であるから、当時の中郡は今の中郡の何倍も広かった。
現在の図書館入口左手に立派すぎるほどの掲示板があるが、その掲示板の左右に立つのが郡役所当時の門柱である。まさに往時を偲ぶ記念品である。

図書館の入口には、このような石柱が……。
これは明治から大正期にかけて、この場所にあった郡役所の門柱。記念として、このような形で保存している。掲示板の左右に1対残されている。
郡役所名残の立派な門柱 大磯駅から国道1号線方向に徒歩で約4分のところにある大磯図書館
■談話室「はまひるがお」にて大磯マップ販売

さて、国道1号線(大磯駅入口交差点)に出たら平塚方面へ進む。
60メートルも行くと大磯談話室「はまひるがお」がある。談話室と冠せられているが喫茶店である。ランチにカレーとコーヒーのセットを注文したが、コーヒーが美味しかった。600円にしてはボリュームもあり、満足度も高い。
じつはこの喫茶店、NPO法人の大磯福祉コミュニティーの運営する喫茶店なのである。障害や子育て、その他諸々の不安などを気兼ねなく相談できる場所にしたいということで、このような形になった。喫茶店にした方が、誰でも気軽に足を運べるでしょ。だから、あえて談話室と名付けている。なるほどね。
でも喫茶店です。コーヒーも本格的。
私が行ったときには店内にいくつかの絵画が掛けられていた。後で知ったのだが、あの絵は障害者の方の作品だった。また特定の日にパステル画教室やうたごえ喫茶などのイベントを開設している。
ちなみに、ハマヒルガオは大磯町の花。大磯ガイドボランティア協会の事務所にもなっている。
私もこの原稿を書くにあたり、ガイドボランティア主催の見学会に参加したり、資料をいただいたり、たいへんお世話になった。大磯駅周辺を歩き回るには大変便利な「大磯まち歩きマップ」もここで販売している。けっこう細かく出ているので、あちこち訪ね回るのが好きな人にはもってこいのマップだ。

大磯談話室「はまひるがお」。大磯福祉コミュニティーが運営する喫茶店。日曜・月曜定休 大磯まち歩きマップ。これも「はまひるがお」で販売している。1部300円 マップ拡大

■旧東海道には、天日干しがよく似合う
国道1号線をさらに100メートルほど平塚方面へ進むと、三沢橋東側という交差点がある。
ここで国道からそれて左斜め前方へ。ここが旧東海道だ。
少し歩くと、なにやら店頭でずらりと干物を干している魚屋さんが。「魚金」(うおきん)である。この地で50年以上も営業をしているお店で、地元の人からも愛されている。このお店、ご覧のとおり店先で干物を作っている。昔ながらの天日干しである。機械干しが主流の現在において、お日様のパワーによって干物を作っているのだ。天候にも左右されやすいし、日差しの強さも大きく影響するだろう。天日干しって、けっこうやっかいなのだ。しかし、そこは長年の技。魚の状態と塩加減、さらにお日様の具合。これら微妙な塩梅(あんばい)を見ながら、旨い干物に仕上げていく。
手間がかかりそうだが、その分、旨そうだ。
旧東海道には、店先で干物を干すような、そんな魚屋さんがよく似合う。

地魚が美味しさには定評がある。「魚金」。定休日は日曜と祝日(土曜が祝日のときは営業) 店頭には天日干しの干物が並ぶ。 旧東海道。旧道らしく、いかにものんびりしている。なぜか山寄りに傾いている松の大木が目につく……。

■毎年11月頃には「宿場まつり」を開催
そういえば、このあたりは11月に開催される「宿場まつり」の会場となっている。大磯宿は江戸から数えて8番目の宿場町。3つの本陣があった。 去年は花魁(おいらん)道中も復活、諸国街道名産市や外郎(ういろう)口上、大道芸などのたくさんのイベントで盛り上がった。
今年はどんな新企画が登場するのか楽しみなところである。 次へ

11月初旬に開催される宿場まつり 大磯町のHP「isotabi.com」より転載 宿場まつり 大磯町のHP「isotabi.com」より転載 旧東海道に立つ「江戸見附」の表示板。この看板付近より西側が大磯宿だった。江戸から来たときの宿場町の入口にあたる。

 


取材協力 大磯ガイドボランティア協会
大磯町観光協会
大磯町役場観光推進室・都市計画課
参考資料 「おおいその歴史」大磯町発行
「大磯町史」大磯町発行
「大磯町史研究」大磯町発行
「大磯俳句読本」大磯町観光協会発行
「大磯まち歩きマップ――駅周辺」大磯ガイドボランティア協会発行
大磯町役場観光推進室運営管理HP Isotabi.com(イソタビドットコム)
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「ふるさと大磯」高橋光著 郷土資料研究会発行
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