大磯町のイメージ画像

大磯駅から旧東海道を通り高来神社まで(中編)

■橋といっても、地下道である「竹縄架道橋」
国道1号線の三沢橋東側交差点から旧東海道を300メートル近く歩くと、東海道線の線路に当たる。踏切はないので自動車は通れないが、自転車や人なら、地下道を通って向こう側にでることができる。
線路の下を通る地下道は、地下を通るにもかかわらず「竹縄架道橋」という名前が付けられている。(一般的には地下道なのに橋であるというのは、おかしい気もするが、そう呼ばれるそうだ)
この架道橋ができたのは1978(昭和53)年9月25日、それ以前はこの場所に踏切があった。しかし東海道線復々線化に伴い踏切は昭和53年10月に廃止となっている。

竹縄架道橋 三沢橋側(二宮寄り)出入り口 架道橋内には、こんな表札も。名称の下に記された数字は何を意味しているのだろうか? 地下道(竹縄架道橋)をくぐるとこんな標識も。 冬の松並木の風景、葉を落としたエノキが目立ち、夏に比べるとかなり寒々しい。

化粧坂の松並木。夏ならこんなふうに樹木が茂っている。

■旧東海道の松並木に彩りを添える大磯八景の句碑

地下道をくぐり平塚寄りに出て、少し行くと左手に大磯八景の碑が立っている。
大磯八景の碑とは、昭和12年に大磯小学校2代目の校長の朝倉敬之(あさくらたかゆき)が自ら詠んだ句を添えて、自費で立てたものである。
「雨の夜は 静けかりけり 化粧坂 松の雫く 音はかりして」敬之
この句は「化粧坂の夜雨」と題するものだが、うら寂しく、叙情的な趣である。
大磯八景の句碑は、八景というだけあって、他にも照ヶ崎や鴫立庵入口などに、それぞれの句碑が立てられている。昔は8つあったようだが、現在では7基しか残っていない。

もともと大磯という地は、さすがに日本3大俳諧道場の一つ「鴫立庵」を有するだけあって、西行が「こころなき身にもあはれは知られけり鴫立沢の秋の夕暮」と詠んで以来、連綿と句作を愛する遺伝子のようなものが受け継がれている地なのだ。
鴫立庵の最初の庵主となった大淀三千風(おおよどみちかぜ)も18 景を選んで歌にしたと言われているし、9 代目の庵主の遠藤雉啄 (1763~1844) も磯山八景として俳句を詠んだと言われている。
明治 38(1905) 年には、5代目町長の宮代謙吉が大磯の名所八景を選んで絵葉書まで出している。その八景に句をつけたのが朝倉敬之である。
とにもかくにも大磯という町は、鴫立庵に象徴されるように「俳諧のまち」なのである。
でも、そんな句を詠むような情緒も、近年の開発によって失われつつある。残念なことだ。

大磯八景句碑「化粧坂の夜雨」 冬は、葉を落としたエノキの大木の間に句碑が鎮座する 化粧坂の松並木から高麗山方向へいくつも路地が伸びているが、これもその一つ。

■江戸から16番目の一里塚の跡には説明板が残るのみ
大磯八景「化粧坂の夜雨」句碑からさらに100メートルほど平塚方面へ歩くと、やはり左手に一里塚の説明板が立っている。ここが江戸から16番目の一里塚があった場所である。塚というからには周囲より高かったのであろうが、今ではその面影もない。
ただその場所には一里塚があったという説明板が立っている。説明板には絵図が添えられていて、その絵柄には当時の一里塚の様子が描かれている。
絵柄全体としては一里塚周辺の松並木に雨が降りそぼる様であり、よく見ると右上に「虎ヶ雨」と記されているではないか。
「虎ヶ雨」とは、ご存じ安藤広重(歌川広重)の東海道五十三次の浮世絵の中で、江戸から8番目の宿場町である大磯を描いた浮世絵である。モチーフとなっているのは日本三大仇討ちの一つ曽我兄弟の話。兄の十郎の恋人だった虎女が、仇討ちに行く恋人と別れなくてはならない涙なのか(仇討ちにいくということは、すでに死を覚悟していること)、あるいは亡骸(なきがら)にすがりつく涙であろうか、いずれにしても悲しみにくれる涙を雨に重ねたものである。

一里塚の説明板。江戸時代の一里塚は高さ3メートルほど、海側の塚にはエノキが、山側の塚にはセンダンが植えられていたという。 説明板の絵図を見ると、当時の一里塚の様子がわかる。雨の中、松並木の道を旅人らしき人が歩いている。 説明板の絵図、部分拡大、右上に「虎ヶ雨」と記されている。 民家の向こう側に見えるのが大磯のシンボルとも言える高麗山。豊かな自然林が残り「21世紀に残したい日本の自然100選」にも選ばれている。

■広重の東海道五十三次、雨を描いた図は3カ所
東海道五十三次、全55枚(起点の日本橋と終点の三条大橋を加えると55に)の絵図の中で雨が降っている絵柄は3枚あり、その最初が大磯である。「虎ヶ雨」では、馬に乗った旅人らしき人や、傘をさした人などが松並木を行く様が描かれており、左手先には海が、そして右手にはまるっこい山が張り出している。
「この丸っこい山はどこだ?」と聞かれたら、普通は高麗山だと答えてしまうだろう。高麗山は丸っこいし、大磯の象徴でもある。誰もがそう思うのだから、この一里塚の説明板にも「虎ヶ雨」という文字が出ているのだろう。なにせ、この一里塚は高麗山の麓にあるといっていいほどだ。
しかし、別な見解もある。あの丸っこい山は駅前のエリザベスサンダースホームのある愛宕山ではないかとう人もいる。たしかに、よく見ると松並木の間に家々がずらりと並んでいる。ということは、意外に宿場の中だった可能性もある。
昔の愛宕山は現在より国道に張り出しており、その姿が似ているというのである(今は造成などの開発により、昔よりなだらかになり、その容貌もおとなしくなってしまったようだ)。
ならば、この絵が描写された場所は、化粧坂よりもっと町の中心部に近い場所だということになる。
だが、よくよく考えてみるなら広重自身が実際の景色を写実したとも限らない訳で、本当はどこなのか正解はわからない。
ちなみに東海道五十三次、残りの2枚の雨の絵は45番目の宿となっている現在の三重県鈴鹿市(庄野)の「白雨」、49番目の滋賀県甲賀市(土山)の「春の雨」である。

大磯「虎ヶ雨」。安藤広重の東海道五十三次、全55枚の絵の中で雨を描いたものは3枚。(広重の浮世絵3点は(有)アート静美洞のホームページより転載)
庄野「白雨」、現三重県鈴鹿市。 土山「春の雨」、現滋賀県甲賀市。
■化粧坂を一時期は木炭バスが走っていた

さて、化粧塚の一里塚と名付けられているように、この辺りの地名を化粧坂といい、昔は「けわいざか」と読んだが、近年では「けしょうざか」と読むこともある。
化粧坂というと、県下では鎌倉の切通しが知られているが、Web上の百科事典ウィキペディアによると化粧坂という地名は全国至るところにある地名だという。化粧をするということは身だしなみを整えるという解釈ができ、「さあ、ここから今までとは違う場所に入りますよ」という境界を表すともいわれている。鎌倉の化粧坂でいえば、ここからが鎌倉の町であり、大磯でいうなら、「ここからが大磯宿ですよ」という意かもしれない。もっとも大磯では、虎女の「化粧井戸」があるので、化粧坂と言われるようになったのだろうが……。
化粧坂という地名が表すとおり、この道は坂道である。坂の始まりはこの旧東海道と国道との交差点「化粧坂交差点」から冒頭で説明した竹縄架道橋(昔は踏切)までの、だらだらした上り坂を化粧坂といった。
今歩いてみると坂と名付けられている割には大した坂ではない。しかし資料によると、この坂がジャリ道の頃は荷を積んだリヤカーが後押ししないと上がれなかったという。舗装していない坂では、荷車を引くにはかなりの苦労だったようだ。
ちなみに、このあたりに現在の国道1号線が開通したのは、1951(昭和26)年、それによって三沢橋側交差点~化粧坂交差点までの東海道は旧国道となり、昭和36年に町道になっている。国道1号線が開通するまで、箱根駅伝はこの道を通っていた。
私がカメラを持ってうろうろしているときに、たまたま近所に住むご年配の方に話を聞くことができた。
その男性によると、彼が子供の頃はまだ国道1号線も通っていなかったため、この松並木が主要道であり、この道を木炭バスが走っていたという。まだ舗装されていなかったので、馬力のない木炭バスは坂を上るのにかなり苦労していた、と話してくれた。
また4月に開催される高麗寺祭(こうらいじまち)のときに高来神社周辺で植木市が開かれるが、当時はこの化粧坂あたりまで植木市の店が出ていたと言うことだ。 次へ

木炭バス (神奈川中央交通復元車・三太号 ウィキペディアより転載)
燃料は薪であり、車体後部に木炭ガス発生装置を搭載、一酸化炭素とわずかに発生する水素を動力として走る。日本では燃料用の原油が不足した第二次世界大戦中の1940年代に使用されたということだ。
高麗寺祭のとき高来神社付近では植木市が開かれる。大磯町のHP「isotabi.com」より転載

取材協力 大磯ガイドボランティア協会
大磯町観光協会
大磯町役場観光推進室・都市計画課
参考資料 「おおいその歴史」大磯町発行
「大磯町史」大磯町発行
「大磯町史研究」大磯町発行
「大磯俳句読本」大磯町観光協会発行
「大磯まち歩きマップ――駅周辺」大磯ガイドボランティア協会発行
大磯町役場観光推進室運営管理HP Isotabi.com(イソタビドットコム)
インターネット上のフリー百科事典「ウィキペディア」
「ふるさと大磯」高橋光著 郷土資料研究会発行
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