明治政界の奥座敷と言われ、伊藤博文や西園寺公望、吉田茂……など、かつて政財界の大物たちが次々と居を構えた大磯。その面影が残る町にはどんな家が似合うのでしょうか。
今回は、大磯町で材木商を営む佐野正恭社長さんをお招きし、大磯駅前不動産の継田昭彦さんと共に、〈大磯らしい町並み〉や〈やすらげる家とは〉などを交えながら、お話を進めたいと思います。
●プロフィール
佐野正恭氏:(有)佐野材木店4代目社長、材木の卸販売業
継田昭彦氏:(株)ジェイ企画【大磯駅前不動産】・大磯を中心とした不動産業を手がける
司会・廣川順平:【大磯駅前不動産】のHPに「大磯の小路を歩く」を連載。よそ者の視点で大磯の良さを発見
再開発? せめて松の木ぐらいは残してくれても。
それが大磯らしさにつながるのでは……。
廣川:大磯という町は、過去に8人もの宰相が別邸や本宅を構えたという歴史ある町であり、海水浴の発祥の地という輝かしい一面も持ち合わせています。今でもその面影が残されていますが、やはり時代と共にずいぶん様変わりしているようですね。家の話をする前に、まず大磯の町並みについてお伺いいたします。
佐野:生まれてこの方、ずっと町の移り変わりを見てきました。今、廣川さんが言ったように、大磯というのは明治から大正にかけて政財界の大物がたくさん住んでいました。大磯というブランドがあるとしたら、その人たちが残してくれた屋敷やその周辺の環境だと思うんですね。だけど、今はその面影も部分的にしか残っていません。それらの屋敷は基本的に個人のものですから、時代の流れで変化してきますよ。実際に、相続などされる場合はやはり大変でしょうし…。
継田:確かに、それはしょうがないことかもしれません。だけど、だからと言って、広大な屋敷の跡地を、合理性だけや経済性だけで、どこでもあるような分譲地やマンションにしてしまうのは、ちょっと……と思いませんか?
廣川:そうなんですよ。つい最近でも吉田邸の東側にある旧梨本宮邸の跡地、1200坪もあるんでしょうか、そこもついに建物が壊されて、造成され始めているんですね。八角堂という大正時代に造られた有名な建造物がありました。天皇陛下に謁見するため造られたもので、町では文化財として残してほしかったようですが、それも取り壊されました。敷地内には立派な松の木もたくさんあったのですが、それもほとんど伐採されたのではないでしょうか……。
佐野:立派な松があった敷地だったら、せめて松の木ぐらい残して、うまく区割りをしてくれれば、そういう雰囲気が残るんですけどね。
廣川:由緒ある場所だったのに残念でたまりません。1号線のガスト跡もマンションでしょ。駅前の派出所裏の「孝徳荘」という某社の保養所があった場所も、マンションです。大磯には、それなりの歴史や文化があったのですから、それに似合うような配慮をしていただかないと……。もし、大磯という町にそれなりのブランドがあるとしたら、過去に育まれた歴史や文化をいかに大切に守っていくか、ブランドの価値が大きく変わると思いますよ。
継田:街でも景観条例など作って大磯らしさを守ろうと力を入れているんですが……。建物の高さ制限はもちろん、屋根や壁の色まで規制があります。だから派手な壁や屋根の家はできませんね。
廣川:大磯の町並みというか、大磯の文化を語るうえで欠かせないのが、私は〈大磯駅〉だと思うんですよ。「関東の駅100選」に選ばれている素晴らしい駅なんですね。けれど、今ここで問題にしたいのは、「大磯の小路を歩く」にも書いたのですが、駅のホーム脇に会社だとか商店だとかの看板がないということなんです。だから落ち着くし、電車がホームに止まっても、春になると車窓から桜も眺められます。東海道本線の駅なのに、今時、看板がないなんて信じられますか? 私が聞いた話では、昔、宰相をはじめ、多くの政財界の大物が住んでいたでしょ。そういう偉い人が降りる駅に、看板がかかっているのは「よろしくない」ということで看板を掲げないようになったとか……。暗黙の了解だったかもしれませんが、それがいまも延々と続いている。それは本当にすばらしいことです。
佐野:つまり、そういうこと。古い文化なり価値観を残しておこうと。それが大磯らしさを守ることにつながると思いますね。
継田:古いものを残すといったら、佐野社長の会社にも蔵がありましたよね。
佐野:会社の裏に石造りの蔵があります。調べてみたら関東大震災後の大正12年に建てたものらしく、大きな梁にそう記されているんですよ。いつから蔵があったのか、それはよくわからないんですが。
最初は蔵を壊してしまおうかと考えたのですが、今言われたように大磯らしい景観を守る意味でも、改修することにしました。それが先祖を想う気持ちというか、先祖の恩に報いるものだと思うんですね。やがてはそれが自分の気持ち返ってきて、心が豊かになると思っているんですよ。
大磯は、やはり路地がいい。
そんな路地にある日本家屋は、本当に町に似合う。
廣川:大磯には素晴らしい場所がいくつもあると思うんですが、どのあたりがお勧めですか?
継田:私がとくに好きなのは、町役場の西側にある翆渓荘のあたりから、さらに西へ100メートルほど行った、現在、東京電力の保養所となっているあたりまでです。あの小径は本当に情緒がありますね。屋敷林が立派な明治時代の面影がある小径で、そこから海側に延びる路地も松などが生い茂り、車は入れませんが、すばらしい場所だと思いますよ。
廣川:いいですね。あそこは……。私は大磯の人間ではありませんが、初めてあそこを訪れたときは驚きました。国道1号線からちょっと海側に入っただけなのに、まったく違う空間が広がっていますよ。ああいう場所はぜひ残してほしいですね。
佐野:大磯といえば、伊藤博文とか山形有朋などがいた国道の松並木のあたりが有名ですよね。他にも政財界の大物が住んでいたからね、以前はとても良かったのだろうけど、今はほとんど名残がなくなって……。ああいう立派な住まいもいいけど、私が好きなのは、昭和の下町情緒が残る島崎藤村邸のあたりです。あの辺の路地も赴きがありますし、純然たる日本家屋の藤村邸も大磯に似合っていると思いますよ。小さな家ですが、材木商の私から見ると、実に味わい深い。
継田:たしかに。藤村邸付近もいい雰囲気で、あのあたりの物件を好んでくださる人もいるんですよ。ただ、ネックになるのは道幅。藤村邸に車で行くとなると、道幅が狭くてちょっとやっかいですよ。それで諦めてしまう方もいます。今は部分的にセットバックしていますが。
佐野:そのセットバックですけどね、防火や災害対策の観点からすると、消防車などが通行できる方がいいに決まっていますよね。だけど大磯のいい所は小径、生垣や板塀や、車の通れない路地なんだよね。その意味でいくと、セットバックが進んでいくと、どんどん建物が味気なくなってしまうんですね。
廣川:おっしゃる通りです。私が駅周辺(旧大磯宿)を歩き回って感じたのは、狭い道ほど、家も古風で、日本のよき文化というか、時間がゆっくり流れているような懐かしさを感じますね。大磯って、そういうのがすごく似合うと思うのですが、その手の物件に引き合いはありますか?
継田:昔ながらの家は人気がありますよ、特に古民家なんてね。先日も、東京の方が気に入ってくださいまして、車も入れない場所で、家賃(賃貸)もかなり高めだったのですが…。本畳に掘ごたつ、壁は漆喰、サッシを使っている窓など一枚もないですよ。貸主さん曰く、「これを維持しようと思ったらどうしても家賃は高く」なってしまうそうです。
廣川:サッシも使っていない木建(もくたて)だと隙間風が入ってしまうのでは……。
継田:しかし、借りてくださった人は、それが日本家屋の味だとおっしゃるんです。それに隙間風は、ガラス窓やその内側にある、縁側、そして障子、それでけっこう防げるものだそうですよ。
縁側は無駄な部分か?
合理性だけを追求すると「やすらぎ」がなくなるのでは。
佐野:さっきね、継田さんから古民家の話しが出ましたが、昔の住宅にあって今の住宅にないものは、廊下と縁側なんですよ。限られた坪数の中で合理性、機能性を求めると、どうしてもそういうものがなくなって、その分、部屋数を増やすという発想になってしまう。いうなれば、無駄な空間をなくすということです。だけど、よく考えると、そういう無駄といわれる部分にこそ、「やすらぎ」があるのでは……と私は思うのですよ。
廣川:昔は子供部屋などなかったけれど、それでも縁側とか廊下はありました。縁側は純然たる家の内という感じではなく、外からの続きのような空間で、そこでご近所とのコミュニケーションの場にもなっていました。その空間がなくなったということは、合理的なんでしょうか?
継田:似たようなことで言うとね、庭があっても草むしりが嫌なので、ぜんぶコンクリにしてくれと、そういう人もいますから。
佐野:生活様式が変わったということでしょうね。昔は間数(部屋数)が少なくても機能していました。それは食事が終わった後、お膳を畳めば寝室になるとか、一つの空間が多機能に使えていたからなんです。今は食堂は食堂、寝室は寝室、そうやって部屋を増やしたんですね。
継田:言われてみれば、ちゃぶ台を片付けて、そこで寝たり…そんな記憶がありますね。
廣川:以前は部屋をいっぱい造ることが豊かさであったけれども、そういう時代はもう終わって、家づくりにおいても人間的な豊かさのようなものを求めてきているような気がしますが……。
佐野:核家族化がここまで進行してしまうと、部屋数もそれほど必要ないですよね。子供が成長するときだけ部屋が必要なわけで、子供が成長し家から出て行ってしまえば、その部屋が空いてしまう。夫婦2人だけで、二階部分を使わなくなるというともあるでしょうね。
継田:現にそういう相談もありますよ。二階部分を切って平屋にしようと…。「減築」という考えですね。先ほどの古民家ではないですが、リフォームでいうと夫婦2人にだけになったとき、昔のような住まいがよかった、そういう和風の建物にリフォームしたいという人もいますよ。ただね、現実問題、和風の家は費用がかかってしまいます。希望はあるのですが、いざとなるとどうも……。それで今風の1ヶ月でできるようなお手軽リフォームに泣く泣くしてしまう人も潜在的には多いと思いますよ。
いい木材の柱など、歳月を重ねるごとに美しく磨かれていく。
経年美化、本物にはそういう味わいがあるね。
廣川:和風建築はコストがかかると言いますが、材木の需要は昔とずいぶん違いますか?
佐野:ぜんぜん違いますね。かつて木材は構造材であり、化粧材でした。ところが今は、構造材であって化粧材ではありません。木材のよさを建築の見えるところに出していません。ヒノキの柱にしても、昔は真壁造りだから木材が見えていましたが、今はほとんどが洋間に代表されるような大壁造り、しかも枠がユニットですから、木材が構造材・下地材になって、化粧材ではなくなってきています。左官は必要なくなり、ペンキだとか、クロス、タイルだとか、そういうものが仕上材になってきています。
漆喰(しっくい)だとか、リシン吹付けだとか、今はそういう仕事がほとんどありません。珪藻土とか板張りなど、そういうものにこだわっている人は、やはり少数派。内装の主流はビニールクロスになってきていますね。
廣川:ビニールクロスはお手軽ですから、価格的にも。
佐野:確かに、ビニールクロスは安価で、出来上がった家はきれいに見えますが、漆喰や板張りに比べれば、湿度の調節機能はまるでありません。だから、すぐに結露。昔の家は、隙間風のせいもありますが、結露など、まずありませんでした。
夏場などに、素足で古い家の廊下(本物の木材を使用)などを歩くと、今のフローリングとは感触がぜんぜん違います。夏だから足の裏が湿っているはずなのに、あぶら足でも本物の木材は、木が湿気を吸いっとってぺたぺたしません。それに比べ、塗装で仕上げたものはぺたぺたします。
材木の話に戻りますが、かつてはヒノキ、ツガなどが、輸入材に比べすごく高価でした。需要もありましたし、化粧材として用いても、美しさがまったく違います。豪華な床の間などに使用する現在のヒノキは、もしかすると30年前より安くなっているかもしれません。外国から来る集成材などが主流になってきているので、どんどん値が下がってきているんですね。秋田杉、吉野檜、青森ヒバだとか、そういう所の木材は確かにいいものです。でも需要がないから値段が安くなってしまう。
継田:洋間だと、中の柱が見えないから素材にこだわる必要がなくなってしまいますから。強度だけあればいいと……
佐野:住む人の生活が変わってきているから、いたしかたない部分もありますね。今の世の中、畳がない家もあるでしょう。
継田:ベッドで寝起きしているシニア世代は、これからの高齢化に備えると、車椅子生活がどうしても視野に入ってきます。そうなると洋室になってしまいますね。
佐野:それはいたしかたないと思いますが、ユニット的なものだとか、新建材ばかりが目に付き過ぎますね。例えば、ビニールをコーティングした造作材、木目をプリントしたビニールクロスがあります。ちょっと見は、木のように見えるのですが、何年か経つうちにすぐ劣化してしまいます。ところが本当の木を使っていると、年月を重ねるうちに磨きがかかってきます。
継田:経年劣化ではなく、私はそれを「経年美化」と呼んでいますが。
佐野:いい言葉ですね。何年かたつと味わいがでてくる。世の中の価値が「本物」に向いてくれると私どもも冥利につきるのですが…。
現代の住まいは、機能面ではほぼ充足されている。
これからは日本家屋の良さを取り入れた住まいも…。
廣川:今までのお話をまとめると、時代の洋風化はやむをえないけれど、それでも日本的なものを取り入れた住まいが大磯には似合うのでは…ということですね。
佐野:ええ、そうすることによって新しいものができるような気がするんです。洋風の生活なんだけれど、昔のように縁側みたいな、メンタル的に「やすらぎ」を感じられるようなものを、取り入れた生活、そういうものが「いい家」っていうんでしょうね、きっと。
住みやすさとは何だろう?と考えたときにね、個人的には現代の住まいというのは機能性から見ると、ほぼ充足されたのではないかと思っています。次に来るのは「やすらぎ、くつろぎ、癒し」など、メンタルなものが求められるのではと思っているんですよ。
廣川:佐野社長のご自宅はどうですか? 何かこだわっている所があるんですか?
佐野:自分の家はそれなりにできていますよ。和風であるけれど、生活様式は洋風であるような、そういう家ですね。
継田:今までおっしゃっていたように、洋風の生活の中に日本家屋のよさを取り入れたということですね。
佐野:家っていうのは男性よりも女性が設計に関わってきますよね。だから女性の生活変化が大きく反映されてしまいます。たとえば、一昔前なら、習い事というか花嫁修業なら、茶道とか生花。楽器にしても琴や三味線でしょ。それが今は、お茶もお花もやらない。ケーキ作りとか、音楽ならピアノとかバイオリンというようになっています。それだと、やはり床の間は必要ないでしょ。女性の趣味が洋風化して、和室で掛軸を愛で、お茶をたしなむような、そういう意味での教養人がいなくなってしまいました。
廣川:正座する機会もずいぶん減りましたしね。また、高齢社会になると、正座ができない人が増えてしまいます。でも、縁側なら座れます。体をターンさせれば、すぐに上がれますし…。家の中であっても膝を折らずに座れる生活、そんな発想がこれからの家には必要じゃないでしょうか。
佐野:確かに。大手の下請けでなく、自分が元請けの工務店ならそのあたり狙い目かも……。所得もあり、高年代層に訴えられるものが作れる設計士が、いればね。
継田:そういえば、佐野社長は別荘地代の面影が今も残る東小磯に土地をお持ちだとか……。そこに、今まで話したような、「縁側がある癒される家」みたいな、大磯に似合う家をつくられたらどうですか?
佐野:今それを考えているところなんですよ。使っているわけではないから、何かしたいなと。ただ、売ってしまうよりも、街づくりの視点からいうと、賃貸の方がいいかな。それも普通のアパートでなく、いわゆる貸家のようなもので…。
廣川:そうですよね。その一画には、ちょっと和風の味わいがある、あきらかに他とは違う物件が集まっている、そんな一画があれば、大磯にはお似合いですね。
佐野:そうだね。「あそこに、住んでみたいわ」と思われるような家をね。建ぺい率、目いっぱい建てるんじゃなくて、そこでに住む人が癒される住宅。3DKの家だとか4DKの家だとか、お風呂にどんな機能が付いているとか…そんな価値観ではなく、「ここにいると、やすらげる」、そんな家が提供できればね。
継田:いいですね、そういう家。実現の暁には、ぜひ私がお客様を探してきますよ。
廣川:そろそろ時間となりましたので、今日はこの辺で……。いろいろありがとうございました。